ファーブル・ルーバ【FAVRE LEUBA】 THE HISTORY OF FAVRE LEUBA ③ 06-6636-6630 〒542-0073 大阪市中央区日本橋2丁目7番10号日本橋エクシーリスビル1F/2F 営業時間:11:00~19:00 定休日:火曜
1955
自社製ムーブメント
ファーブル・ルーバ【FAVRE LEUBA】は、[Sea Chief(シー・チーフ)]、[Sea King(シー・キング)]、[Sea Raider(シー・レイダー)]の各モデルに初の自社製キャリバーFL101を搭載しました。
1960
ウォーター・ディープ(Water Deep)
ブランド初のダイバーズ・ウォッチ、ウォーター・ディープが発表されました。それは、このカテゴリーで成功を収めるための足掛かりになりました。
1962
ビバーク(Bivoac)
ファーブル・ルーバは、、高度測定と気圧測定用のアネロイド気圧計を備えた世界初の機械式腕時計である伝説の[Bivouac(ビバーク)]を開発しました。この腕時計はすぐに限界を超えた世界に挑む人々にとって欠かせない装備品のひとつとなりました。ビバークは、1962年にアメリカで開催されたワールドカップで、スイスのパラシュート代表チームの腕に巻かれ、最初のミッションのひとつを達成しました。イタリアの登山家ウォルター・ボナッティ(Walter Bonatti)は、1964年にジュネーブのミシェル・ヴォーシェ(Michel Vaucher)とともにグランド・ジョラスのポワント・ウィンパー(4,196m)の北壁を初めて登頂し、最短ルートでマッターホルンの北壁を制覇した際にもビバークを着用しました。ヴァレー州出身の若きミシェル・ダルベレー(Michel Darbelley)は、1963年にファーブル・ルーバの工房で作られた時計を携えてアイガーの単独登頂に挑みました。この時計は。すでに登頂した高度や天候の変化が迫ってくるかどうかを確実に示してくれました。有名なフランスの極地探検家ポール・エミール・ヴィクトール(Paul-Emile Victor)は、果てしない氷への数々の探検で、彼のビバークを頼りにしていました。
キャリバーFL251
1962年に特許を取得したCal.FL251は、直径11,5リーニュ(25,6mm)、厚さわずか2,95mmで、ダブルバレル、センターセコンドを備えた超薄型ムーブメントの連続生産により革命を起こしました。
1964
ディーブブルー(Deep Blue)
自社工房初のダイバーズ・ウォッチを発表してから3年後、同ブランドは200メートル防水のディープブルーを発表しました。
新本社
ファーブル・ルーバは、ジュネーブ近郊のプチ・ランシーに新本社を置きエボーシュの製造を再開しました。その結果、19世紀末に同社は「Manufacture d’Horlogerie Favre-Leuba S.A.」と改名されました。
1968
バスィ(Bathy)
1968年、ファーブル・ルーバは、潜水時間だけでなく現在の潜水深度も表示する世界初の機械式腕時計、バスィを発表しました。
1969
ファーブル・ルーバとジャガー・ルクルト
1969年、ジョルジュ・ファーブル(Georges Favre)が当時【JAEGER LECOULTRE(ジャガー・ルクルト)】を所有していた「SAPICグループ」を買収した際に、ファーブル・ルーバとジャガー・ルクルトは姉妹会社となりました。この提携により、現在人気の高いジャガー・ルクルトの時計、例えばファーブル・ルーバのブランドを冠した[REVERSO(レベルソ)]や[MEMOVOX(メモボックス)]が開発されました。
④へ続く・・・
※THE KIJINKAN NON-INTEREST RATE LOAN・・・https://kijinkan.co.jp/blog/44048/
※BLANCPAIN THE FAIR・・・https://kijinkan.co.jp/blog/44053/
※FAVRE LEUBA COLLECTION・・・https://kijinkan.co.jp/favreleuba/
※お問合せ・ご注文は ・・・ https://kijinkan.co.jp/contact/